株主提案の背景① 割安に放置される株価のバリュエーションと資本コストを通じた対話の必要性
世紀東急のROEは税効果により嵩上げされたベースで2020年3月期に19.2%(実効税率を30%として算定した税引後経常利益ROEは12.3%)となり、東証一部の平均よりも高い水準です。翻って世紀東急のPBRをみると、0.83倍となっており、解散価値であるPBR1倍を下回っています(バリュエーションは2020年5月20日現在の値を記載)。
世紀東急の過去5年間のPBRの推移
(データ出所:QUICK ASTRA MANAGER)
残余利益バリュエーション(Residual income valuation)理論という評価手法があります。自己資本利益率(以下「ROE」といいます。)や株主資本コストrや利益成長率gなどを用いて株主価値を算定する方法です。
(詳細はこちらをご参照下さい。)
理論PBRは、ROEと利益成長率gが大きくなれば高まり、株主資本コストrが増加すれば低下することとなります。
なお、(ROE-株主資本コスト)はエクイティスプレッドとも呼ばれ、エクイティスプレッドが0よりも大きくなれば理論PBRが1倍を上回ることとなります。
そこで、上記の考え方を用いて世紀東急のPBRが低水準である理由を、考察すると以下の仮説が考えられます。
仮説:株主資本コストが高い
- 現在の自己資本が積み上がる資本政策を採用している限り、将来の低下は不可避であり、将来のROE
低下を織り込んでバリュエーションは低水準となっている (詳細はこちらをご参照ください。)。 - または、世紀東急は、2015年以降公正取引委員会の立入検査を5回受けており、独禁法違反行為を何度
も行っていることが資本コストを増加させている可能性(詳細はこちらをご参照ください。)。
したがって、世紀東急のバリュエーションが割安に放置されている理由の1つは、株式市場が将来のROEが株主資本コストを更に下回ることを懸念していることだと考えられます。
また、PBR以外のバリュエーションとして、企業価値(Enterprise Value。以下「EV」といいます。)の観点からみると、世紀東急のEV/EBITDAは2.4倍となっています。 EV/EBITDAが2.4倍であるということは、現在の株価で世紀東急を買収した際の投資回収期間が約2年半であるということを意味し、割安であることを示しています。
EVとは、企業が株主や債権者から調達した資金を生産設備購入など(以下「投下資本」といいます。)に投資し、将来稼ぐ収益の現在価値を指します。また、投下資本に対してどの程度の収益を確保できたかは、Return on Invested Capital(投下資本利益率。以下「ROIC」といいます。)で計測されます。このROICが企業に求められるリターンを上回っていれば、投下資本よりもEVは大きくなります。
世紀東急については、EV/EBITDAが小さいということは、投下資本を効率的に活用しなかった結果として、効率的に資産を使って稼ぐ力(ROIC)が、企業に求められるリターン(加重平均資本コスト。以下「WACC」といいます。)を下回っているということです(※)。
※ROIC(投下資本利益率)が加重平均資本コストよりも低くなるほど、企業価値は投下資本よりも小さくなるという考え方を前提としています。
以上のように、資本コストについての考察は投資家も行いますが、一方で、企業が認識している資本コストを知り、投資家との対話の土台として活用していくことも重要です。